KeebKaigi 2023 準公式参加記録

KeebKaigi 2023 準公式参加記録

「沼」と形容されることも多いキーボード愛好家の世界。しかし実際には 1 つの大きな沼の深みがそこにあるわけではなく、大小さまざまな沼がそれぞれの深みをたたえ、互いに交わったり交わらなかったりしながら偏在しています。そんな多種多様な沼から長野県松本市にキーボード愛好家たちが集まり、2023 年 5 月 10 日、記念すべき第 1 回の KeebKaigi が松本城にほど近いコワーキングスペースの 33 GAKU ( サザンガク ) にて開催されました。

当日の会場の様子 ( 撮影:Daifuku さん )

本記事では、この第 1 回 KeebKaigi のようすをお伝えしたいと思います。が、もしかしなくても大半の読者は「パソコンの周辺機器の 1 つ」にすぎないキーボードに対してとりたててこだわりはなく、そのため個々の発表の概略や会場の熱気をいきなり紹介しても、それだけで「そこで何が起こっていたのか」をお伝えできる自信がありません。

そこで、まずはキーボード愛好家たちの世界について、筆者の個人的な視点にもとづく簡便な地図を描いておこうと思います。

キーボードを楽しむ n 通りの方法

キーボードの何が楽しいのでしょうか?

コンピューターを相手にする時間が長いプログラマーのなかに、自分の身体とコンピューターを繋ぐ大切な道具としてキーボードにこだわる人が少なくないこと自体は、そこまで不思議ではないと思います。左手で入力するキーと右手で入力するキーを物理的に離すことで肩への負担を軽減したい、指の動きに無理のないキーの配列にしたい、ワイヤレスにしたい、付属品よりかっこいい道具が欲しい、周囲の人に勧められた、などなど、キーボードにこだわる動機は人によって千差万別です。

一方、そうした多様な動機をどう解消していくか、その実現手段に関してはいくつかの方向性に分類できるように思えます。実現手段の方向性の分類は、そのまま 「キーボードの楽しみ方」 を分類する 1 つの体系ともみなせるでしょう。言い替えると 「キーボード沼の種類」 です。

本記事では、便宜上、キーボードの沼を次の 5 つの方向性に分類してみたいと思います。この分類はあくまでも筆者の私見であり、一般に周知されている分類というわけではないことをあらかじめお断りしておきます。

  1. 自分の要求にマッチする市販の一品を選ぶ: 外付キーボードは PC パーツの 1 つとして昔から市販されていました。千円未満で購入できる商品もありますが、キーの配列や打鍵感、デザインなどにこだわった数万円におよぶ特別な製品も少なくありません。Happy Hacking Keyboard や REALFORCE、Kinesis といった特長のあるキーボード製品のなかから自分の好みに合う一品を選んで使い続けるという楽しみ方です。

  2. スイッチやキャップを好みに合わせてカスタマイズする: キーボードのキーは、入力を受け付ける電子部品としてのスイッチと、そのスイッチにかぶせて使うキャップとで構成されています。これらスイッチとキャップを交換できるようになっている製品を購入し、自分の好みに合わせた組み合わせを追求したりメンテナンスを楽しんだりする道です。「カスタムキーボード」と呼ばれることもあります。また、後述する自作キーボードと併せて「 DIY キーボード」と呼ばれることもあります。

  3. ハンダ付けが必要なキットを組み立てる: メーカー市販のキーボードでは飽き足らず、自分でキーボードを設計し、その基板やパーツを揃えてキットにして多くの人が楽しめるように頒布したり、基板の回路図をオープンソースとして公開したりしている方々がいます。ハンダ付けが必要な手間まで含めて尖ったキーボードを手に入れる楽しみ方です。このへんから「自作キーボード」と呼ばれます。

  4. キットをベースに、ハードウェアやファームウェアをカスタマイズする: 現代のキーボードは、キー入力の制御やパソコンとの USB 接続のためにマイコンを搭載しています。このマイコンにロードするプログラム ( ファームウェア ) によってキー配列を自分で好きなように定義したり、通常のキーボードにはない特殊なアクションに対応したキーを定義したり、さらには LED やロータリーエンコーダー、液晶といったハードウェア部品の制御をしたりする楽しみ方です。従来、ファームウェアは C/C++ で書いてターゲットのマイコン向けにクロスコンパイルするのが一般的でしたが、近年は Ruby で書いてコンパイルなしにロードできる仕組み (PRK Firamware) もあり、気軽に機能拡張を楽しめるようになっています。

  5. 自分でゼロから設計する: 市販品でもカスタムキーボードでも自作キットでも満足できない人には、自分でハードウェアや回路からすべて設計するという道が待っています。PCB 基板を頒布したり回路図や CAD データを公開したりするまでいかなくても、KeebKaigi オーガナイザーのお一人である魔王さん による無限の可能性 のような便利な商品が登場したおかげで、個人として楽しむぶんにはそこまで高いハードルではなくなっています。

なお、上記では分類に番号をつけましたが、これは沼の種類に対する単なるインデックスであり、沼の深さとは関係ないことに注意してください。沼の入口に近づく難易度は概ねこの順序に従うと考えてよさそうですが、それぞれの沼にそれぞれ計り知れない深み ( 楽しみ ) があります。

KeebKaigi について

前置きが長くなりました。そろそろ第 1 回 KeebKaigi のようすを筆者の個人的な視点で振り返っていきましょう。

あらためて第 1 回 KeebKaigi について要約すると、5 月 11 日から松本市で開催された RubyKaigi 2023 のスピンオフイベントとして、その前日にあたる 5 月 10 日の夕方から数時間、DIY キーボードの愛好家数十人が集まって開催されたミートアップです。参加者は、上記の分類でいう 4 や 5 の沼にまで分け入った強者たちが多かったように思います。しかも、キーボードのハードウェアとしての側面のみならず、ソフトウェア ( ファームウェア ) の側面にフォーカスされている参加者の比率が多かったのも特徴だったように感じました。もちろん、上記の分類でいう 1 から 3 の部分に興味があったり、そもそもキーボード沼を遠目に見ているだけだったりする RubyKaigi メインの参加者の方たちにとっても、祭典前夜の非日常を存分に味わえた会だったのではないかと思います。

参加者たちが持ち込んだキーボードの数々 ( 撮影: Daihuku さん )

主に魔王が持ち込んだキーボードの数々 ( 撮影: やまぐちなおとさん )

当日は、「Keeb Talk」 と題された 15 分程度のプレゼンと、 「狭ピッチトーク」 と題されたいわゆる LT、それらの休憩時間を利用して各参加者が持ち寄った自慢のキーボードを囲む 「キーボード交流タイム」 、そして日本のキーボードコミュニティの簡単な紹介により構成されていました。

このうち キーボード交流タイム は、なかなか現物を目にする機会のない珍しい自作キットや個性的なキーボードに自由に触れたり、そうした自作キーボードの作者本人やファームウェアの開発者と文字通り交流できたり、オフラインのイベントならではの貴重な場になっていたと思います。作った本人に使い勝手を尋ねたり、開発の動機や注目ポイントを尋ねたり、機能追加の要望を出したり、あるいはユーザーから作者、作者からユーザーに感謝の気持ちを伝えあったり、思い思いの交流を楽しんでいたのが印象的でした。いかにもRubyKaigi 2018 に自作の分割キーボードを持ち寄っていた方々の集まり に起源をもつミートアップらしい、なごやかで楽しい会場の雰囲気だったと思います。

キーボード交流タイムの様子 ( 撮影: やまぐちなおとさん )

筆者自身も愛用の 30% 分割キーボード ( foobar ) を持ち込んだのですが、展示されている作品には全体に「モノ」としての完成度や魅力が高いキーボードが多く、まだまだ自分は沼の入り口にいるなあと痛感することになりました ( Daihuku Keyboard さんによる YouTube 配信の編集版で展示品のほとんどが見られます )。個人的には今使っているキーボードでほぼほぼ満足してしまっているのですが、白銀ラボ の実機を触って「トラックボール、ちょっといいな」と思ったり、SilverBullet の実機を触って「フルフルの LED、ちょっといいな」と思ったり、陶磁器製キーキャップの感触を体験できたり、たくさんの刺激をもらうことができてよかったです。しばらくは出費も増えそうです。

foobar( 撮影: Daihuku さん )

KeebTalk &狭ピッチトーク

キーボード交流タイムも楽しかったのですが、第 1 回 KeebKaigi のメインイベントは、やはりあまりにも豪華なラインナップによる発表の数々だったと言ってよいでしょう。どれも ( 技術的にも熱意的にも ) 濃厚なトークで、内容を追い掛けるのに精一杯だったことから発表中にほとんど写真を撮影する余裕がなかったのですが1、当日の YouTube 中継を担当されたDaihuku Keyboard さん による編集動画 へのリンクをはってあるので併せてお楽しみください。

オープニングトーク by 角谷さん

会場からたっぷり 1 時間のキーボード交流タイムを経て、オーガナイザーのお一人である角谷さん によるオープニングトーク をもって第 1 回 KeebKaigi が開幕しました。RubyKaigi 2018 から KeebKaigi 2023 までの経緯の紹介や諸注意、スポンサーおよび会場限定ノベルティについての概略を説明いただきました。

( 撮影: Aaron Patterson さん )

ちなみに会場限定ノベルティは、たくさんのスポンサー によるステッカーやアクリルスタンドといった定番のほか、今回の KeebKaigi の方向性を決定づけたであろうランディグページ ( esataea さん によるデザイン ) のロゴをかたどったステッカー ( 輝くゲーミング仕様 )、松本城をかたどった ISO リターンキーのキーキャップ ( 魔王さん による造形 )、TALP KEYBOARD さん 提供の PiPi Gherkin の PCB 基板 ( しかも特別仕様で赤い ) などなど、来場した DIY キーボード愛好家の期待を裏切らない魅力的なラインナップでした。

なお、来場者限定ではないオフィシャルノベルティは suzuri で誰でも購入可能です。会場でもたくさんの参加者が T シャツやパーカーを来ていました。

公式グッズと魔王さんの DIY 分割キーボード見せびらかしバッグ ( 撮影: Daihuku さん )

Keeb Talk 1:私とキーボードと RubyKaigi 2023 by 魔王さん

1 本めの Keeb Talk は、開催地である松本が地元でオーガナイザーの一人でもある魔王さん によるご自身のキーボード遍歴のお話。組み合わせてユーザー独自配列のキーボードを手軽に試作できる 1 キー基板の先駆け的存在である無限の可能性 の開発経緯や展開、RubyKaigi 2023 でノベルティとして配られた 4 キーマクロパッドの基板と特別デザインのキーキャップの楽しみ方、それに KeebKaigi で配られた松本城キーキャップの「塗装」例の紹介など、「みんなに ( 光る ) 入力ガジェットの世界を楽しんでほしい」という気持ちが伝わってくる楽しいプレゼンでした。

( 撮影: Daihuku さん )

Keeb Talk 2:Building the Perfect Custom Keyboard by takai さん

2 本めの Keeb Talk は、recompile keys で自作キットを開発販売されている takai さんによるカスタムキーボードのお話。上記の分類でいう「2.スイッチやキャップを好みに合わせてカスタマイズする」の世界の紹介でした。カスタムキーボードは、電子工作やプログラミングが不要で手軽な一方、「完璧」を目指すエンドゲームまでの沼は深いのかもしれないと個人的に感じていたのですが、それに対して「ビジュアル」、「打鍵感」、「打鍵音」という 3 つの評価指標を補助線として提唱されていたのが印象的でした。「深みのある打鍵感と打鍵音を実現する典型的な構成」のカスタムキーボードのことを、ラーメン愛好家が使う俗語になぞらえて「またおま ( えか )」系と嘆きつつ、そうした定番の組み合わせが安価に手に入りやすくなった昨今の状況は「カスタムキーボードに手を出す好機」と評されてもいて、自分でも何か 1 つ試してみたくなりました。

( 撮影: Daihuku さん )

狭ピッチトーク 1 : OLED に癒しを求めて ……? by やださん

キーボード交流タイムを挟んで、狭ピッチトークの第 1 弾は、やださん による有機 EL ディスプレイ ( OLED ) をカスタマイズするお話。昨今の自作キーボードで採用されるマイコンの多くは、キーボードの基本的な機能を制御するだけでは有り余るほどの余力があるので、この余力を利用して LED を派手に点灯させてみたり、さらには OLED モジュールのような外部パーツを接続して好きな情報を表示したりすることもよくあります。そんな OLED 付きの自作キーボードの 1 つ、Lily58 では、デフォルトでは OLED に入力キーが表示されるようなのですが、そこに自分が好きなバナー画像を表示できるようにしたというトークでした。液晶ディスプレイへの独自画像表示は、電子工作界隈だとそこそこお馴染みだと思いますが、これをキーボードファームウェア ( QMK ) を通して実現する楽しさがにじみ出ていてよかったです。

狭ピッチトーク 2:PRK Firmware は MIDI 実装の夢を見るか? by Maki さん

2 本めの狭ピッチトークは、Maki さん による MIDI のお話。MIDI は電子楽器を連携させるための標準規格ですが、そのうち送信側となる MIDI シーケンサーや MIDI キーボードの機能を自作キーボード用のファームウェアで開発してしまおう、というトークでした。筆者は電子楽器界隈の知識がほとんどなく、ものすごい変化球トークがきたなと思っていたのですが、実は現在のデファクトスタンダートな自作キーボードファームウェアである QMK ではすでに MIDI キーボードの機能には対応しており、そこまで際物というわけではないようです。Maki さんはこれと同等の機能を PRK Firmware 向けに実装し、さらに QMK では実現できていない MIDI シーケンサを実現する機能についても、PRK にすでに実装されていた楽曲を記述する仕組み ( MML ) から MIDI 信号への変換を Ruby で書くことで実現したということで、やっぱり際物だったみたいです。

狭ピッチトーク 3:The story of repairing my junk keyboard with The kinT by Kutoraki さん

3 本めの狭ピッチトークは、kurotaky さん による Kinesis Advantage をジャンクで購入して修理したお話。Kinesis Advantage といえば、エルゴノミクスを取り入れた設計で古くからこだわりの入力デバイスの 1 つとして広く知られる高級キーボードですが、これをジャンクで購入したところ予期していたとおり使えず、修理して使えるようにするまでの顛末が語られていました。市販品なので上記の分類でいえば 1 の楽しみ方に該当しそうですが、修理のために基板をすべて交換し ( そのためのリペアキットの名前がプレゼンタイトルにある「KinT」とのこと )、しまいにはオシロスコープまで登場するという、軽妙なトークとは裏腹のハードコアな内容でした。過去には現代とは違う発想で設計された個性的なキーボードも多くあり、そうした名機をコレクションしたり再生したりする趣味もあるのですが、そういう沼に通じている道なのかも。

狭ピッチトーク 4:My First DIY Keyboard by kawakami さん

4 本めの狭ピッチトークは、kawakami さん によるはじめての自作キーボードのお話。自作されたのは Corne とのことで、ハンダ未経験だとなかなか大変そうですが、ここに立ってトークされているということは無事に完成していることが担保されているので安心して聞けます。とはいえ、やはり完成するまでの道程には苦労や困難が少なからずあったようで、しかしそれらを乗り越える過程すら楽しめたという kawakami さんのお話は、これから自作してみようかなと迷っている人の背中をきっと押せるのだろうなあと感じました。「自分で作ったキーボードはめっちゃカワイイ」、めっちゃわかります。

狭ピッチトーク 5:Why are number keys important? by shugomaeda さん

5 本めの狭ピッチトークは、shugomaeda さん による数字キーの必要性を訴えるお話。自作キーボードでは、テンキーはもちろん、通常なら上段にあるはずの数字キーすら物理的には実装しない ( ファームウェアにより複数のキーを組み合わせて入力はできるようになっている ) ものが少なくありません。こうした風潮に警鐘を鳴らす、という建前で始まったトークですが、実態は「ファームウェアを改造して直接 USB キーボードから漢字を入力できるようにしてしまう」という内容でした。USB ( 正確には USB HID ) の仕様上、USB キーボードでは Unicode を直接送るといったことはできないはずですが、T-Code と呼ばれる 2 ストロークの漢字入力方式をファームウェア上に実装することでこれを実現されていました。Maki さんの MIDI 実装もですが、Ruby で実装されたキーボードファームウェア ( PRK Firmware ) があるとこういうハックも気軽にできてしまうのですね……。

狭ピッチトーク 6:A software-focused tale on DIY keyboards by a non-enthusiast by Yokoo さん

6 本めの狭ピッチトークは、Yokoo さん による PRK Firmware を遊び倒すというお話。shugomaeda さんの発表に引き続き PRK Firmware ネタです。しばらく何が起きているのかわかりませんでしたが、プレゼン自体がキーボードファームウェアとして実装されていました。ちょっと何を言っているのかわからないかもしれませんが、キーを押すとエディタ上に文字列が表示されてプレゼンが進むようになっていたようです。さらに、PRK Firmware で実装されたタイピングゲームのデモも披露されていました。PRK Firmware の作者である hasumikin さん自身、2021 年の RubyKaigi にて「PRK Firmware 上に Ruby インタプリタを実装する」 というデモを披露されており、それにインスパイヤされたとのことでした。

狭ピッチトーク 7:Introduction to Typing Practice by Endo さん

7 本めの狭ピッチトークは、Endo さん によるタイプ練習のお話Helix という直交配列のキーボードから、Happy Hacking Keyboard という特徴的なキー配列のキーボードに切り替えたのをきっかけに、タイプミスを減らすべく効率的な練習方法を考えたという発表でした。タイピングの練習のために、ピアノの運指練習のための教本である「ハノン」に相当するメソッドを考えて実践するというのは、とてもソフトウェアエンジニアらしいアプローチだと感じました。練習用のアプリを選択するときの判断基準として「音」を挙げられているのは、とてもキーボード愛好家らしいアプローチだなと感じました。

狭ピッチトーク 8: 自作キーボードにハマりたい by あちゃさん

8 本めの狭ピッチトークは、ソフトウェアエンジニアではないけれど採用広報をされているあちゃさん による、エンジニアの気持ちをわかろうと思って自作キーボードを始めましたというお話。「市販の高級キーボードを選択する」という楽しみ方には共感できなかったけれど、キット ( Choco 60 ) の自作は楽しめたとのことで、自分だけのキーボードを手に入れるのは「筆記用具のノートをデコる」のに共通する楽しみというのは言いえて妙だなと思いました。完成したキーボードにオリジナルの名前を付けるのも愛着が深まって楽しそうです。

狭ピッチトーク 9: How not to design a Keyboard by Matt さん

9 本めの狭ピッチトークは、Matt さん による自分でキーボードを設計したりもしたけれど結局は Corne や Cornelius を組み立てて使っていますというお話。Quantrix という方が設計販売していた「九」というキーボードに惹かれたものの、あまりにもプレミア価格なので公開されている回路図とケースの CAD データ をもとに自作に挑戦したのがきっかけだったとのことで、しかし結局は作らずに Corne にはまってキー数が少ないキーボードに活路を見出し、過去の知見を活かして 45% キーボードを自分で設計したものの、やっぱり自分では Cornelius が好きで使っており、自分が設計したキーボードのほうは娘さんが使っているという、完全にいい話でした。カスタムキーボードが高価なので自作したけど、結局は出費がかさんでしまったというのもいい話です。

狭ピッチトーク 10: RP2040 のはじめかた by ゆーちさん

10 本めの狭ピッチトークは、ゆーちさん によるマイコンボードを使わず直接 RP2040 マイコンを基板に実装したキーボードを設計しましたというお話。自作キーボードのキットでは、Raspberry Pi Pico や Pro Micro といったマイコン本体だけでなく USB コネクタやコントローラなどの電子部品が組み込まれたマイコンボードを利用することが多いのですが、原理的にはボードに頼らずにマイコン本体や必要な電子部品を基板にハンダ付けしてキーボードを作成することも可能です。マイコンボードの形状に依存しない自由なレイアウトが可能になるなど、確かに利点もあるわけですが、ゆーちさんは自作の Lily58 の次期バージョンを「そのほうがかっこいいから」という理由のみでこの方式にされたようです。実際かっこいい。マイコン本体のハンダ付けは手作業だと困難ですが、そのへんは PCB 基板の発注先が実装サービスを提供しているので、Lily58 のユーザーは「キーボード基板に直接 RP2040 マイコンが実装された状態」を手にできるそうです。

狭ピッチトーク 11: DIY Keyboard: Endgame by あそなすさん

11 本めの狭ピッチトークは、あそなすさん によるエンドゲームのお話。DIY キーボードでは、完全に満足できるキーボードに到達することを指して「エンドゲーム」というキーワードがしばしば使われます。結局のところ何をもって DIY キーボードのエンドゲームとするのか、そもそもエンドゲームがあるのか、といった文脈で登場することが多いキーワードだと思うのですが、あそなすさんの発表では、iPad での写真編集に使うために Oyamada Chaco という自作キーボードを改造されたご自身の事例を通し、「自分の困っていることを見つけて半径 5m くらいの問題を解消していくという黄金のループを回すことでエンドゲームを探求しよう」という提言がなされました ( と理解しました )。

HITCHHIKER’S GUIDE TO THE SELF MADE KEYBOARD COMMUNITY by takkanm

怒涛の狭ピッチトーク 11 本に続いて、オーガナイザーのお一人である takkanm さん から、いまどこにいけば DIY キーボードの情報に触れられるのか、主に国内の DIY キーボードコミュニティについて俯瞰的に紹介するトーク がありました。すでに DIY キーボードにはまっている人というよりは、今回の KeebKaigi や RubyKaigi をきっかけにして DIY キーボードに興味をもった人のための情報とのことでしたが、もっぱら個人でもくもく自作しているだけの筆者のような人間にとってもたいへん有益なセッションでした。Twitter のタイムラインにときどきハッシュタグ付きで流れてくるツイートや、各種ミートアップイベントなど、こういう形で客観的に素性が共有されるのはとてもありがたいです。

( 撮影: Daihuku さん )

Keeb Talk 3: Crafting the Endgame Keyboard by foostan

休憩という名のキーボード交流会を経て 3 つめの Keeb Talk は、狭ピッチトークでも何度か登場した CorneCornelius の作者である foostan さん による、とにかくかっこいいキーボードを設計するときにどんなことを考えているか というお話でした。印象的だったのは、ご自身が自作キーボードやカスタムキーボードの設計に携わるようになったきっかけとして、遊舎工房さんから発売されている HelixMIT ライセンスのオープンソース として公開されていることを挙げられていた点です。Helix は日本発の自作キットの先駆けとしても知られていますが、その方向性は Corne とはだいぶ違うように思っていたので、両者がオープンソースという接点を通して繋がりがあったというのはとてもいい話に思えました。Cornelius の設計にあたって、やはり方向性がだいぶ異なるように見える Polaris の実機をノギスで計測しながら参考にされたという話も興味深かったです。

( 撮影: Daihuku さん )

Keeb Talk 4: Pointing Device On The Partner Half by hasumikin さん

4 つめの Keeb Talk は、PRK Firmware の作者でありオーガナイザーのお一人でもある hasumikin さん による、PRK でもマウスや OLED のようなデバイスが使えるようになる というお話でした。Keyball44 の I2C 接続トラックボールで何の問題もなく動作している実機を交流タイムで触らせてもらったのですが、現状では USB ケーブルを接続している側のマイコンの I2C 接続でしか動作できないという制約があり、多くの分割キーボードが左右間の通信を半二重のシリアル接続で実現している現状でファームウェアでどう対応すべきだろうという提案を含んだプレゼン内容でした。「左右にポインティングデバイスもロータリーエンコーダーも付けたい」といった過激な需要がくることも想定しないといけないファームウェア作者の心労がうかがえると同時に、UART についての端的な解説ともなっており、個人的に実に得難いセッションでした。

( 撮影: Daihuku さん )

Keeb Talk 5: Initial-V, Final Stage! by Aaron さん

最後の Keeb Talk にして第 1 回 KeebKaigi のトリを勤めたのは Aaron さん で、自動車 ( BMW ) のシフトレバーを改造して Vim 専用の入力デバイスを作った というお話でした。eBay で入手された BMW のシフトレバーには 8 つのポジションがあり、それらに Vim のモード切り替えやカーソル移動、ファイル保存などのコマンドを割り当てて PC と Bluetooth 接続できるようにして、さらに通常のキー操作による状態変化も Vim スクリプトを利用して同期されるようにしたということで、アイデアの面白さだけでなく電子工作としての作りこみ方も圧巻でした。もはやキー「ボード」でさえないわけですが、まさにキーボード自作でしか得られない栄養がたっぷりで、会場を大いにわかせる最高のプレゼンだったと思います。

( 撮影: takkanm さん )

クロージング

クロージングでは、遊舎工房さん 提供の Primer79Helix rev3 の基板や、片手デバイスである Quick Paint のキットが当たるという大盤振る舞いの抽選会があり、角谷さんが即興で書いた Ruby ワンライナー2の出力結果をみんなで固唾をのんで見守っていました。筆者は残念ながら当たりませんでしたが、作りたい欲は十分にかきたてられたので、近いうちに遊舎工房さんの店舗を覗いてみたいと思っています。

KeebKaigi 特製プレート版の Primer79

第 2 回は沖縄?

参加者の多くは閉会後にそのまま市内にあるビアバーの OLD ROCK で開催された Drink Up に流れ込み、そこでもまたキーボードや MIDI シーケンサを机に広げて遅くまで地ビールを楽しみました。KeebKaigi オーガナイザーを勤めた魔王さんhasumikin さんtakkanm さん、そして角谷さん をはじめ、翌日から始まる 3 日間の RubyKaigi が本番という人も少なくなかったはずですが、体調は大丈夫だったのでしょうか。この熱意あふれるイベントの第 2 回があるとしたら、来年の RubyKaigi にあわせて沖縄での開催になると思いますが、なんとか都合をつけてまた参加したいものです3

著者について

鹿野 桂一郎

ラムダノート株式会社代表取締役社長。オーム社にてプログラミング言語やネットワーク関連の企画編集に 14 年間携わった後、独立して 2015 年 12 月に出版社ラムダノートを立ち上げる。技術書籍の企画編集・発行をする傍ら、Web メディアや雑誌などでの解説記事の執筆や編集なども手掛ける。

Twitter:@golden_lucky

GitHub:k16shikano

脚注

  1. 編集部注: 記事中の撮影クレジットなしの写真は鹿野さん撮影によるもの。 

  2. 編集部注: 1 人ずつの抽選を行う際にはdeck.shuffle!.pop のように Array#shuffle! して Array#pop すると、重複が起きず読み札がなくなったら終了” というコードが良さそうです。 

  3. 編集部注: 第 2 回の KeebKaigi の構想は KeebKaigi 2023 Team 内では薄ぼんやりと存在はするのですが、その開催地は 2024 年 5 月の那覇 ( RubyKaigi 2024 合わせ ) ではなさそう、ということだけはほぼ決まっています。待て続報…… https://keebkaigi.org/