中国の若きエンジニアの肖像 【第 1 回】 バオ=クゲンさん

はじめに

「無謀無謀」と UML の専門家や、オフショアの開発の大先輩にご忠告をいただきながらも、Ruby と Rails の会社を中国で作った天狗ソフトの増満 (ますみつ) です。

本稿では、中国の若きエンジニアであり、起業家でもある私の仲間をご紹介致します。

日本では、決して評判がいいとはいえない中国人の IT エンジニア。もっとも、みなさんそれぞれ「裏切られた」「技術を盗まれた」など、大なり小なりトラウマとなる経験、あるいは業界人から話を聞いているため、こういう観点をお持ちなのもわかります。

しかし、私が述べたいのは、まったく逆の事です。

彼らはかなりレベルが高く、日本人のエンジニアも彼らの特性から学べる!

とはいっても、中々疑いを払拭することは難しいと思います。そこで本稿では、中国のわずか 24 歳のエンジニアが、いかに Ruby と Rails を学び、自分の会社を経営するに至ったか、ご紹介をしたいと思います。これからも、もし機会をいただければ、このような形で中国から若き中国人エンジニアの群像をご紹介致したく思います。どうぞよろしくお願いいたします。

それでは、第一回目 (今後連載させていただければと松江の夜空に願いつつ…) 早速、ご報告開始です。

バオ=クゲンさんのプロフィール

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  • 中華人民共和国江蘇省無錫市梅村1
  • キングアクシス有限公司 総経理
  • キングアクシスの事業内容
    • 人事管理システムの開発・販売
    • SAP と中国会計ソフトの接続システム (税金計上用の領収書の発行システム) の開発・販売など業務アプリを中心とするソフト開発
  • 経歴
    • 南京名門校である東南大学コンピュータ学科を 2008 年 6 月に卒業
    • 在学中も含め 2008 年 1 月から上海の欧米系機械メーカー (250 名規模の機械製造主体の企業) の SAP 導入担当として入社
    • 2009 年 3 月、起業準備のため退職
    • 2009 年 6 月、江蘇省無錫市に Ruby 及び Rails 専業の会社としてキングアクシス有限公司を設立

インタビュー

聞き手
増満
語り手
バオ=クゲンさん
日にち
2009 年 9 月 2 日 午後2時〜3時半 (その後メールで追加インタビュー)

Ruby と Rails に触れたきっかけは?

2007 年大学 3 年次の夏だったと思います。その当時、自分は Java で開発のアルバイト (中国の学生は、企業からの下請けのバイトをよくやる) で、2 日間かかって開発したソフトがありました。友人に見せたら「Rails なら 5 分でできるよ」と言われ、「嘘だろ!」と思っていましたが、本当に目の前で 5 分で開発してしまったので、衝撃を受けました。この友人に『Ruby for Rails』という本を薦められて、自学を始めました。この本を一通り学んで、以降は電子ブックなどで勉強しました。結果として、働き始めるころには一通り使えるようになっていました。

Ruby や Rails のどういうところが好きですか?

Ruby も Rails もとても好きです。理由は簡単で、コストがかからないオープンソースであること、それと、生産性が素晴らしく高いことです。弊社の開発は Java は使わず、すべて Ruby を使っています。

Ruby や Rails について、社員の皆さんはどう感じていますか?

以前使っていた Java や C# などに換えて Ruby を使うこと、あるいは使い始める事に、弊社の全社員が「ハッピーだ」と感じています。何故なら、過去に使っていたどの言語よりも優れていると感じているからです。しかしながら問題もない訳ではなく、Ruby の良さである柔軟性は、ときに悩ましいですね (笑)

中国における Ruby と Rails の発展についてどう思いますか?

現在、弊社を始めとしてエンタープライズ向けアプリのケースが次々と生まれています。事実、Ruby は優れた企業向けの DSL を開発するためのプラットフォームになると実感しています。現在、もっともっと Ruby や Rails のアプリを企業向けに開発していきます。そして、もっともっと多くの中国の会社がそれらのアプリを使い始めるでしょう。

現在の主力製品「人事管理統合ソフト」開発のきっかけは?

勤務先が外注に出そうとして、各社から Java ベースの開発で見積りをとったのですが、どれも限られた予算にはあいませんでした。結局は自分で開発することを決断し、上司の許可をもらいました。ちなみに、開発費は、予算ほどではないですが、私が一時ボーナスとして貰いました (笑) この辺は、日本企業のエンジニアも参考にしていいと思いますよ。

なぜ SAP の HR モジュールを使わなかったのでしょうか?

予算の関係に尽きます。SAP はフルに導入すると数千万人民元(数億円)かかります。250名規模の工場は大きな売上があるわけではないですから、その余裕はありません。一番シンプルな SAP の B1 を使うことにしました。これだと数十万人民元でいけるのですが、困ったことにサプライチェーンや財務など最低の機能のみで人事管理のモジュールはありません。また、例え予算があったとしても SAP を使ったか疑問です。制度が複雑な中国では、柔軟性が限られている SAP は、正直使うのが難しいからです。そのため、この会社の実状にあった人事管理システムが求められていた、という背景もあります。

開発期間は? また、開発はどうやって行いましたか?

本業は SAP の導入だったので、片手間に開発して 4 〜 5 ヶ月かかりました。ちなみに Rails のアプリとして開発した私の最初の作品です。設計段階から一度も、別の言語を使おうとは思いませんでした。以前は、C#、Delphi、Javaなど使うことが多かったのですが… (笑)

中国の人事関連の法令や、給与規則や、業務フローはとても複雑だが、この点はどのように学習しましたか?

開発開始から 3 ヶ月間は、毎日午前中の 2 時間、人事部に行って人事担当と話をしました。Rails は、昨日教わったことや指摘された事を翌日には反映して議論できるので、この点は非常に助かりました。おかげで、今では、下手な人事より人事の法律、制度や業務内容なら何でも知っているので起業には役に立ちました (笑) 今は、この人事管理システムの運用管理を、以前の企業から受けているだけでなく、中国の地元企業に販売もしています。また、現在 SaaS 化にも取り組んでおり、年末には目処が立つ予定です。SaaS 化には課題も多いですが、これが実現すると価格は社員一人あたり130日本円位に下げられるし、大企業だとディスカウントも可能ですから、限られた資金で頑張っている中国企業の助けにもなると思います。

そもそもの起業のきっかけは?

中学校時代から、ぼんやりと自分の会社をもつことを考えていました。まだ、そのころは遠い夢でしたが (笑)

具体的に考えるようになったのは、大学のころ。もともとは、仕事を初めてから2年間を目処に起業するという計画でいましたが、予期せず若干早まった感じです (笑)

SAP の仕事をして、製造、財務、物流、在庫管理、販売など幅広い業務を担当しているマネジャークラスとミーティングを重ねました。ビジネス全般に関する知識が身についたと感じたため、起業を決意しました。

起業の資金はどのように手配しましたか?

主には家族・親戚・知り合いからの個人投資です。また、自分の人脈のうち、特に事業に共感してくれた人が比較的大規模の資金を提供してくれました。

オフィスがユニークな場所にあるが、これは自分で探しましたか?2

自分でというよりも、この圧縮機会社の社長が父親の友人で、オフィスを月 18,000 円で貸してくれるという話を頂きました。政府からの援助も考えましたが、手続きが煩雑で、また政府からの要求もいろいろと細かいので、結局支援は諦めこちらにしました。部屋は 60 平米ほどで、手狭になったので、隣の空き部屋も借りる予定です。

社員構成と募集方法を教えてください

社員数は、自分も入れて 4 名です。リクルーティングサイトや人脈から探しました。また、Rails ファンを集めた小さなコミュニティを大学の仲間とつくっていたので、そこから参加している仲間もいます。社員の出身地は、南京、無錫など地元中心です。

中国にRubyやRailsの人材は少ないですが、採用はどうですか?

天狗(筆者)さんも知っているとおり、大変難しいですよね (笑) そのため、天狗が計画している人材育成塾や Ruby の資格試験導入には大変興味をもっています。

上海には確かに人材はいるのですが、希少価値から給与面の要求が高いのが悩みです。学歴がよくても、年数を重ねた経験者は少ないのです。具体的には Stephen がRubyWorldConf でプレゼンしたように経験1年未満が多いです。1年を越えるくらいから、要求水準が格段にあがります。6,000 人民元くらいになります。 しかし Web アプリを一気通貫で開発できる実力はまだないので育成には手間もかかります。正直なところ小さい企業では使いにくいのです。

他の言語の開発経験があり、2年くらいの経験になると一般的な開発は問題なくなります。自分の経験から、学生から鍛えると、かなり低コスト (月給 2000 元位3) でエンジニアをつかえるので。日本から進んだ教育ノウハウをもってきて Ruby と Rails の教育を是非行ってほしいと思います。

最後に、キングアクシスの開発環境を教えてください

  • Ubuntu for Client PC
  • CentOS for Server
  • Aptana/Netbeans for development
  • Trac for bug tracking system
  • Ruby1.8.7/Rails2.3.3/MySQL

まとめ

バオさんから、私たちは何を学ぶか?

先ずは年齢。24歳!

いうまでもなく、起業には勇気がいります。エンジニアとして独立したいと思っていても、意外とキャリアの設計に長期間を考えている日本人と彼とはかなり違います。 彼は、技術を身につけただけでなく、商売に関するすべてのスキルの構築を、自ら計画し、実行しています。はたして、内弁慶な日本人エンジニアに彼の真似が出来るでしょうか?

さらに、学費や生活費を地元や米国など海外からの企業から下請けの仕事を受けることで、スキルアップを大学時代から行っていくたくましさと、金儲けに関する執着があります。コンビニや、居酒屋、家庭教師などで稼いでいる日本人の理系学生とは、スキル構築に関するモチベーションが違います。

法整備を政府が進めているとはいえ、中国で起業するのは、日本よりも資金がいりますし、手続きも煩雑で大変です。しかし、自分のプランを信じ、大学卒業1年後に、まんまと実現してしまう。この行動力、決断力!技術を追求するだけでなく、彼らは自分たち、仲間のために、ビジネスを創造しているのです。このような形でコミュニティを支えていくありかたもアリだし、経済が低迷している日本でも必要だと思います。

また、自分よりも先輩のエンジニアを口説いて、社員にし、モチベーションを与えて、組織をまとめるリーダーシップ。中国人は、日本人と違い個人主義で、自分の技術に関しても秘密主義です。つまり、マネジメントにはかなりの負荷がかかり、上海の日系大手 IT 企業の日本人マネジャーは苦労しています。同国人という甘えはなく、徹底的にマイクロマネジメントを行う若い中国人のリーダーシップは、日本の社会構造が変化した結果、個人主義的な若者が増えている中、日本人ミドルマネジメントも学べると思います。

さらに、顧客を探し出し、信頼を勝ち取り、ビジネスをまわす包括的管理能力。この管理能力も、平均的な日本人のプロマネ以上といえます。以上あげました通り、中国のエンジニアから学べることが多くあります。彼らから学ぶことで、いいシナジー (死語?) が日中の若いエンジニアから生まれる未来志向の協力関係が生まれることを祈念しています。

最後に、私は、この様に、人事のプロの視点から、これからも日中のエンジニアの交流活動に力を注いでいきたいと思います。

著者について

増満 工将(ますみつ こうすけ) 天狗 英語名 Koz (こず)

  • 無錫天狗ソフトウェアディベロップメント 総経理
  • 上海オフショア開発フォーラムメンバー
  • 上海オープンソース研究会メンバー
  • RubyLearningOrg ビジネスパートナー
  • Shanghaionrails 会員

  • RubyConf China2009 実行委員
  • 2009年10月24日第1回カンフーRailsの実行委員 (スポンサー募集中)

  • 無錫健康マッサージ「ファータイタン」経営者
  • 1991 年 筑波大学卒日本語・日本文化学類卒業
  • 2004 年 カナダ McGill 大学 MBA Japan 修了

  • 無錫日本語学校「桜日本語」の臨時講師

  • 職歴
    • 三菱化学人事企画、イーライリリー米国 医師とMBAの採用担当リーダー、ING生命の人事企画課長、米国化学メーカーの総務人事部長、台湾半導体ファウンドリー TSMCの人事マネジャー オランダ Getronics の人事部長、米国の半導体機器メーカーのアジア人事部長、上海カシオソフトコンサルタント、ドイツ最大のDRAMメモリーメーカーであったキマンダの人事部長 等など
  • koz.masumitsu@gmail.com
  • Skype,Twitter, Linkedin -> Kozmasumitsu
  • Cell 86-139-2153-1014

中国の若きエンジニアの肖像 連載一覧


  1. 演歌「無錫旅情」で日本人には馴染みの深い無錫市は、上海を作ったと言われる歴史的な大富豪を生んだ清朝時代からの歴史を持つ工業都市。日本企業とも交流の深く約 1000 社が日本から進出している。市の中心は人口 220 万人。全体では 500 万人ほど。日本人の人口は 2,000 名強。最近は IBM のクラウドデータセンターや Sun のオープンソース開発施設の誘致成功や、日本から Linux をインフラに導入したみずほ銀行のデータセンターなど、外資系企業の誘致を進めている。積極的な企業訪問、インドの IT パークの研究、膨大な予算のインセンティブなど、100 名以上のチームで取り組んだ諸施策で、「第二の大連」を目指している。ちなみに無錫は市の財政が中国でももっとも恵まれている都市としても知られている。 

  2. オフィスは、市の郊外、バスで1時間ほどの中国の製造工場が密集する工業団地の中の、圧縮機械を作っている工場の事務所の3階にある。 

  3. 3万円弱